この家には、動物が自分からやってきます。ペットショップで買ったのでも、誰かにもらったのでもありません。みんな、まるで自分でうちを選んだかのように、来てくれた子たちです。
今日はその不思議な”はじまり”の話を、前編・後編に分けてお話しします。前編は、私が忘れられない2つの「やってきた日」のことです。
チョボが子猫を連れてきた
コロナ禍より前のことです。我が家には、時々ふらりと姿を見せる猫がいました。毛の長い、ベージュ色の雌猫です。口元がおちょぼ口だったので、私は「チョボちゃん」と呼んでいました。
チョボはご飯を食べには来ますが、甘えたり、触らせてくれたりする猫ではありません。人との距離をしっかり保つ、警戒心の強い子でした。
そんなチョボがある日、子猫を2匹連れて、ご飯を食べに来たんです。のちに「グリ」と「グラ」と名づけた姉妹でした。あれだけ距離を取っていたチョボが、自分の子どもを連れてきたことに、私は本当に驚きました。
それからチョボは、ほぼ毎日、グリとグラを連れてくるようになりました。玄関のすりガラス越しに、親子3匹のシルエットが並んで見えるのが可愛くて、今でも時々あの写真を見返しています。

半年もしないうちに、チョボは姿を見せなくなりましたが、グリとグラは、2匹だけで毎日ご飯を食べに来るようになったんです。
今思うと、母猫のチョボは、我が子を守れる場所を探して、うちにたどり着いたのかもしれません。あんなに警戒心の強かったチョボが、最後にうちの家族を信じて、子どもを託してくれた。そう思うと、うれしくなります。

お正月に来た大きな犬
もう一つは、犬の話です。2007年、お正月のことでした。
家族もみんな揃っていた朝、新聞を取りに外へ出ると、玄関の前で大きな犬がお座りをして、じっとこちらを見ていました。あまりに大きかったので、私は驚いて、とっさに一度ドアを閉めてしまったほどです。
それでもその子は玄関を離れず、ずっとうろうろしています。気になって様子を見に出ると、嬉しかったのか、全身で喜びを表すように私や両親に飛びつき、尻尾を何度も振りました。
可愛らしい首輪をしていたので、「ご近所で飼われている子かもしれない」と、父と車で周辺を回ってみました。ところがその途中、近くの公民館に、大量のドッグフードと水が置かれているのを見つけたんです。それは、この子が捨てられたことを意味していました。
本来なら、警察や保健所に連絡するのが正しいのかもしれません。でも私たち家族は、この子をそのままにしておくことができませんでした。動物好きの家族には”あるある”かもしれませんが、そのままお世話をすることに決めたんです。

我が家は田舎で、家の数も多くありません。それなのに、よその家ではなく、うちを選んで来てくれた。不思議に思いながらも、初めての大型犬に家族みんなが——特に父が——喜んでいたのを、今でも覚えています。
この子が、小梅です。今は虹の橋を渡ってしまいましたが、我が家の大切な家族の一人でした。
偶然ではない気がして
チョボもグリグラも、小梅も、買ったわけでも、もらったわけでもありません。みんな、自分の足でこの家にやってきました。
近所に家は、他にもあります。それでも小梅は、迷わずうちの玄関の前に座っていました。人を警戒するチョボも、よその家ではなく、うちに大切な子どもを連れてきたのです。
偶然が重なっただけ——そう言われれば、そうなのかもしれません。それでも、これだけ続くと、この子たちには何か感じるものがあって、うちを選んでくれたのかなと、思わずにはいられません。
その”何か”を、私はずっと考えています。うまく言葉にできるか分かりませんが、次の後編で、私なりに感じていることをお話しさせてください。
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